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KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭

展覧会・イベント

 このブログ記事を書いているタイミングは、茨城県にて「だいちの星座」が「ART KENPOKU 2016 茨城県北芸術祭」(2016年9月17日〜11月20日)に参加し、会場の一つである旧美和中学校(茨城県常陸大宮市高部454)にて「いばらきけんぽく座」を展示している最中です。参加作家人数が多く(85組100作品以上)、展示されているエリアも大変広いです。

 「だいちの星座」について茨城県北芸術祭の南條史生ディレクターは「Casa Brutus誌」(2016年8月号)のインタヴュー中で茨城県北芸術祭の柱の一つである「コミュニティーとの対話」が期待される作品として「だいちの星座」について短く触れていますが、私たちの活動の特徴をよく表しています。

 

「鈴木浩之+大木真人は、あちこちに電波を反射する板を置いて人工衛星から写真を撮ると星座になるという "だいちの星座" を地元の人たちと一緒に作ります。」

 

 2016年3月に現地調査を実施して電波反射器の配置候補地を探し、4月に地元の茨城大学にて学生ボランティア募集を行いました。6月には一般ボランティアへの説明会と電波反射器の製作を兼ねたイベントを開催し、8月11日に茨城県北地域全6市町で電波反射器を配置して人工衛星による撮像を実施しました。6市町にまたがり約300名が参加した大規模な撮像であったにもかかわらず地上に星座を描く活動は無事に完遂され「いばらきけんぽく座」が完成しました。多大なご支援をいただきました協賛企業各社・団体様、各地域毎に依頼したリーダーと地域住民の方々、茨城大学のボランティア学生・教職員の方々、アーカスプロジェクトなど多くの方々にご協力いただいています。

 9月17日の芸術祭初日以来、会場には「だいちの星座」に多くの参加者が来場して感想を聞かせてくれました。会期は残すところ一ヶ月ほどとなりました。皆様のご来場お待ちいたしております。

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電波反射器制作ワークショップ(2016年6月12日/茨城大学日立キャンパス)

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「いばらきけんぽく座」撮像日の地上の様子(2016年8月11日/高萩市さくら宇宙公園)

 

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「いばらきけんぽく座」撮像日の地上の様子(2016年8月11日/常陸大宮市旧美和中学校)

電波反射器の基本設計

電波反射器・CR

 「だいちの星座」を描くには、電波反射器が重要な役割を果たします。

 私たちが電波反射器と呼ぶ道具は人工衛星を利用した地球観測の分野ではCRと呼ばれ、観測システムの較正を目的として日常的な業務で利用されています。「CR」と聞くと、パチンコを想像する人もいるかもしれませんが、Corner Reflector(コーナ・リフレクタ)の略で、箱の角の様な構造に電波を当てて正反射させることからこの名称が使われています。CRは平らな板状の金属を垂直に3面合わせた形をしており、正しい方位角に合わせて地上に配置し人工衛星や宇宙船、航空機等から送られてくる電波を反射させる役割があります。反射した電波がセンサーが搭載された人工衛星等に戻ることで地上を観測できるというわけです。

 「だいちの星座」ではこれまでに様々な種類の電波反射器(=CR)が製作されましたが、中でも私たちが「金沢14式D型」(通称「金沢型」)と呼んでいる電波反射器が最も多く製作され使用されてきました。この金沢型の電波反射器は、

 

・荒天時に長時間配置した場合でも、風や雨に対する耐性が維持される

・金網と塩ビパイプといった世界中で入手可能な材料を使用

・運搬、保管、加工が容易で子供からシニアまで安全な工作が可能

 

といった観点で設計され、反射面の大きさや金網の網目の大きさ等については「だいち2号」の利用に最適化されています。

 「だいちの星座」で使用された電波反射器は、全て参加者によって手作りで製作されてきました。人工衛星の較正に使用されるCRとは精度は異なりますが、「だいちの星座」で製作されてきた電波反射器は手作りとは思えないほど毎回健闘し、私たちを驚かしてきました。これまでに配置された金沢型の電波反射器はGPSで確認する限りそれら全てが「だいち2号」から観測されています。

 金沢型の電波反射器は塩ビパイプ製のフレームに金網を張って面を形成しています。塩ビパイプを使うアイディアは2014年に金沢美術工芸大学大学院修士課程の学生であった吉田勘汰さんのもので、その後、独立した3面を組み合わせる「金沢14式D型」へと発展していきました。「だいちの星座」で使用してきた電波反射器が実験によって改良されて現在の形となった過程については別にご紹介したいと思います。

 

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人工衛星の較正等に利用されるCR

 

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「だいちの星座」用電波反射器(金沢14式D型)

 

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電波反射器を製作中の様子

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「だいちの星座」用電波反射器(金沢14式D型)の設計図

 

 

 

 

チェスリー・ボンステル

芸術と科学

チェスリー・ボンステルというイラストレーターに注目しています。映画雑誌*1の中で、シド・ミードと対談した富野由悠季が両親からボンステル氏の絵を贈られ、ペンシル・ロケットが火星に立っている姿にゾクゾクしたエピソードが紹介されていました。ボンステルは富野氏の子供時代である1940年代には既に「ロケット・イン・ザ・ムーン」(1945年アメリカで出版)でイラストレーターとして活躍していたアーティストです。「ロケット・イン・ザ・ムーン」の出版された数ヶ月前にフォン・ブラウンによって高度なロケット技術がアメリカに入ってきた時期とはいえ、1945年にあそこまで科学的な知識を描けた人はボンスティル以外にはいなかったと思います。ボンステルの作品は、後に宇宙を描く多くの芸術表現に影響を与えただけでなく、数多くの科学者や宇宙飛行士が宇宙を目指す憧れを生み、その活動を支える支援者を育てたことと思います。

 1902年公開の映画「月世界旅行」でジョルジュ・メリエスが描いた月の地平線から地球が上る<地球の出>のシーンは、ボンステルによって「ロケット・イン・ザ・ムーン」でも描かれ、1968年にアポロ8号のクルーであるウィリアム・アンダースによって「地球の出」としてカラー写真に収められます。メリエスが描いた「月世界旅行」における<地球の出>ではモノクロフィルムに黄で着色されていた地球を、ボンステルは青い地球として描くなど、科学的な知識を科学者の代弁者の如く自らの絵にふんだんに取り入れるとともに、月の表面の荒々しさを際立たせるために仮想の宇宙旅行の工程において昼夜の境目と宇宙船の高度が得られる効果的なタイミングをはかるなど、宇宙旅行という稀な状況を絵に閉じ込めようとする芸術表現を模索し、科学と芸術の両立に成功している点に魅了されます。芸術と科学の活動が同じフィールドで実現する好例としてボンステルの制作から学ぶことは大きいと考えています。

*1:キネマ旬報」1999年5月下旬号

『ノアのはこぶ「絵」』って何?

展覧会・イベント

 茨城県守谷市にはアーカスプロジェクト(ARCUS Project)という美術作家と地域の方々が交流する団体があります。もりや学びの里という廃校を利用した施設内に事務所があり、アーカススタジオは一年のうちの数ヶ月は海外からアーティストが来日して守谷市内で滞在制作を行う際の拠点となります。日本におけるアーティスト イン レジデンスの老舗としても知られています。

 「だいちの星座」は、アーカスプロジェクトが実施した2012年のイベント「ロッカールーム関連企画 夏休み宇宙芸術ワークショップ『〜ノアのはこぶ「絵」〜』」(サブタイトル:〜ちきゅうをまわる「うちゅうえいせいノア」がだす「でんぱ」の「おと」で、「絵」がでてくる「しくみ」を体感してみよう!〜)が切っ掛けとなっています。同日実施された鼎談に鈴木浩之(金沢美術工芸大学 教員)と大木真人(JAXA)が参加した際にJAXA地球観測研究センターALOS-2研究公募RA4での共同研究応募を決めたことが、活動のスタートとなりました。

 このイベントはアーカスプロジェクトのコーディネーターである石井瑞穂氏が企画し、2012年8月25日に一日限りで実施されました。昼間の日差しが強い最中にもかかわらず美術関係者から科学者、子供から大学生・シニア、男女を含め多くの方々が集まり、芸術と科学が並存するイベントの可能性が確認され、「だいちの星座 ーつくば座・もりや座ー」の種が撒かれました。

 『ノアのはこぶ「絵」』っていうイベント名は石井さんの作ですが、私たちにとっては忘れられない響きとしていつまでも耳にのこっています。

arcus4u.exblog.jp

www.arcus-project.com

「だいちの星座」ブログをはじめます。

早いもので、人工衛星を利用して地上絵を描く活動を始めて6年が経ちました。

2016年の春から夏にかけて茨城で実施した大規模な制作もひと段落し、活動をまとめるための文章を書きはじめることにしました。

このブログでは写真などを交えて活動を振り返りつつ、現在進行中の「だいちの星座」プロジェクトについてまとめていく予定です。活動の期間も長いので、最初から順番に書いているといつまでたっても最近の活動にたどり着かないだろうということで、思い出したところから手をつけていこうと思います。

ブログの記事がまとまりましたら(電子出版を含めて)一般書籍として公開できるようにしていきたいと思っています。

しばらくの間、おつきあいよろしくお願いいたします。