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チェスリー・ボンステル

芸術と科学

チェスリー・ボンステルというイラストレーターに注目しています。映画雑誌*1の中で、シド・ミードと対談した富野由悠季が両親からボンステル氏の絵を贈られ、ペンシル・ロケットが火星に立っている姿にゾクゾクしたエピソードが紹介されていました。ボンステルは富野氏の子供時代である1940年代には既に「ロケット・イン・ザ・ムーン」(1945年アメリカで出版)でイラストレーターとして活躍していたアーティストです。「ロケット・イン・ザ・ムーン」の出版された数ヶ月前にフォン・ブラウンによって高度なロケット技術がアメリカに入ってきた時期とはいえ、1945年にあそこまで科学的な知識を描けた人はボンスティル以外にはいなかったと思います。ボンステルの作品は、後に宇宙を描く多くの芸術表現に影響を与えただけでなく、数多くの科学者や宇宙飛行士が宇宙を目指す憧れを生み、その活動を支える支援者を育てたことと思います。

 1902年公開の映画「月世界旅行」でジョルジュ・メリエスが描いた月の地平線から地球が上る<地球の出>のシーンは、ボンステルによって「ロケット・イン・ザ・ムーン」でも描かれ、1968年にアポロ8号のクルーであるウィリアム・アンダースによって「地球の出」としてカラー写真に収められます。メリエスが描いた「月世界旅行」における<地球の出>ではモノクロフィルムに黄で着色されていた地球を、ボンステルは青い地球として描くなど、科学的な知識を科学者の代弁者の如く自らの絵にふんだんに取り入れるとともに、月の表面の荒々しさを際立たせるために仮想の宇宙旅行の工程において昼夜の境目と宇宙船の高度が得られる効果的なタイミングをはかるなど、宇宙旅行という稀な状況を絵に閉じ込めようとする芸術表現を模索し、科学と芸術の両立に成功している点に魅了されます。芸術と科学の活動が同じフィールドで実現する好例としてボンステルの制作から学ぶことは大きいと考えています。

*1:キネマ旬報」1999年5月下旬号